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よい習慣は才能を超える(ブログ)

2018-10-10 08:36:00

最近はグローバル人材という意味不明な言葉が一般化してきた。大学の授業に外部のコンサルを呼んで講義をしてもらっているところもあるらしい。私はグローバル人材という言葉が好きになれない。誤用されやすいモヤモヤ用語が増えただけだと思っている。

 

私が、海外の研究開発部門で働いていたときのエピソードであるが、彼らは自分たちがグローバルプレイヤーという自覚がほとんどない。日本企業が海外進出を考えるときは、「異文化コミュニケーションスキルが最も重要」ということを強調されることが多い。私が一緒に仕事をしていた連中は口を揃えて「専門性が最も重要」だと言う。専門家としても評価される仕組みを持っている組織が多いせいか、何も管理職になんかならなくてもエキスパートラダーを登っていけばサラリーは増えていく。好きでもないのに無理矢理にでも管理職を目指す必要はないのかもしれない。

 

多くの日本の会社にはエキスパートラダーはない。エキスパート=ピープルマネジメントができない人のような見方をされることもあるかもしれない。日本の大企業的なところではある一定の年齢になると、管理職を目指すことになる。もちろんこれが嫌な人もいるわけであるが、本人の気持ちとは裏腹に管理職を目指すことを推奨したり、もしかしたら強要している場面もあるのかもしれない。このような状況はもしかしたら人の能力を伸ばすことの障害になるかもしれないと、帰国後思うようになった。

 

グローバル人材には「異文化コミュニケーションスキルが重要」だという日本人的感覚満載で、盛んに議論しているが、海外組織の第一線で活動した経験に乏しい人達で、神格化された人材像を創り上げることに何の意味も感じない。企業を対象にアンケートをとったりしているが、そもそも英語や文化の問題ではなく、固定観念や問題すり替えのマインドの問題なのだと思う。自ら作り出した壁で自ら怪我をするといったところか。これってやっぱり?